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2017/08/24

太田母斑について語る

早速ですが問題です!!

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20歳の男性。右顔面の青色の色素斑を主訴に来院した。3年前から色素斑が出現し、
次第に濃くなってきたため受診した。顔面の写真(別冊No.17)を別に示す。
この疾患について正しいのはどれか。

a 表皮顆粒層のメラニン沈着による。
b レーザー治療が有効である。
c 日本人では少ない。
d 悪性化しやすい。
e 遺伝性である。

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正解はb。正答率も決して低くない問題でした。
三叉神経領域に広がるあざ。太田母斑の問題ですね。
太田母斑は頻出とまでは言いませんが、国試に何度か出ている疾患なので
医学生の皆さんにとっての認知度は高いのではないでしょうか。

さて、ところで皆さんは「太田母斑」という名前の由来を知っていますか?
ご想像の通り「太田」というのは人名であり、発見者の名前が付けられているのです。
ということは「太田母斑を発見したのは日本人である」ということ。
東京大学皮膚科学教授の太田正雄という先生が発見されました。

実はこの太田先生、またの名を「木下杢太郎」と言いまして、
明治期の代表的な詩人のひとりだったりします。
高校時代に皆さんもお持ちであっただろう
国語便覧とか資料集とかに載っているような人なんですよ!
かの森鴎外の信奉者でもあり、親の勧め通り医師になるか、
芸術家として生きるかなどの進路相談もしていたようです。
鴎外も医師にして文学家ですから、木下杢太郎と近い立場だったのですね。
鴎外の勧めで木下杢太郎は皮膚科医となりますので、
鴎外がいなかったら大田母斑の発見も無かったのかもしれません。

さて、今回なんでこんな話をしているのかといいますと。
実は先日私用で1日だけ熱海に滞在していたのですが、
一緒に行っていた友人が文学オタクで
「伊東に木下杢太郎の記念館があるから言ってみたい」と言い出しまして…
まあ特にすることもなかったので同行したのですが!!まさかの木下杢太郎=太田正雄だった!!
うわー行ってみるもんだな!!私も知らなかったので、資料館に行って初めて知ったのです。

内部はこんな感じで、太田先生の経歴や研究内容について説明されていました。
この写真は医学の部分ですが、文学者としての功績についての展示も沢山あります。
DSC_0372

そしてこちらが貴重!な大田母斑の原著論文と病理のイラストです!!
DSC_0374

※いずれの写真も伊東市生涯学習課様の許可を得て掲載しております。
掲載のお願いをした際、本当に快くご許可を頂きました。ありがとうございます。

いやあただの観光のつもりが思わぬ収穫でした。
まだ夏休み!伊豆にお出かけの際には是非皆さんもお立ち寄りくださいkira01
木下杢太郎記念館:http://www.city.ito.shizuoka.jp/shougai_gakushuu/html/shisetsu/hpg000002733.html

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