Menu 12  胸痛に関する英語表現

2020/03/02

こんにちは。「医学英語カフェ」にようこそ!

ここは「コーヒー1杯分」の時間で、医学英語にまつわる話を気軽に楽しんでいただくコーナーです。

本日のテーマは「胸痛に関する英語表現」。

日本でも医療面接や身体診察を英語でも学ぶ医学部が増えています。そこでは「医学教育モデル・コア・カリキュラム」にある37の症候を学修目標と設定するのですが、この中でも「胸痛」は頻度も重要性も高い症状と言えます。
そこで今月はこの「胸痛」の鑑別を通して、様々な臨床での英語表現をご紹介します。

CABG の発音は?
他の症状と同様に chest pain胸痛」の鑑別においても最初に red flags 「危険な疾患」を除外することが重要です。そしてこの chest pain の red flag としてまず挙げなければならないのが coronary artery disease (CAD) 冠動脈疾患」です。ischemic heart disease虚血性心疾患」とも呼ばれるこの CAD は、「心筋梗塞」と「狭心症」の2つに大別されます。前者は医学英語で myocardial infarction (MI) となり、「急性心筋梗塞」を意味する acute myocardial infarction (AMI) は日本の医療者にも「エー・エム・アイ」と発音されています。英語の医療者もこの略語は同様に発音しますが、一般の方は heart attack という表現を使います。「狭心症」は angina pectoris となりますが、短縮して angina(「エンジャイナ」のような発音)とも呼ばれます。ただこの angina 自体は「(冠動脈疾患に特有の締めつけられるような胸痛」という意味ですので、医師が angina という単語を使う際には「胸痛」と「狭心症」のどちらの意味で使っているのか注意が必要です。「胸痛」という意味の angina の場合、患者さんは squeezing/tight/heavy/crushing/gripping painのような形容詞の他、 “I feel an elephant is sitting on my chest.” のような喩えを使って angina 特有の性状を表現します。
「狭心症」の意味としての angina は皆さんご存知の通り、 stable angina pectoris安定狭心症」、 unstable angina pectoris不安定狭心症」、そして variant angina pectoris異型狭心症」の3つに分類されます。この variant angina には vasospasm angina冠攣縮性狭心症」の他、 Prinzmetal angina という日本ではあまり馴染みのない名称が英語圏では使われます。
こういった CAD を疑った場合に必須の検査が electrocardiogram心電図」なのですが、この略語の ECG は米国では EKG とも表現されます。この K はドイツ語のスペルからきた頭文字なのですが、そもそもなぜ英語のECG をドイツ語のスペルを使って EKG と表現するのでしょう?米国ではelectroencephalogram脳波」の略語である EEG と心電図の ECGの発音が似ているために、臨床現場で混同されないためにEKGと発音されていると言われています。ただ英国や豪州といった米国以外の英語圏ではそのまま ECG という略語が使われているので、あまり合理的な理由ではなく、単なる慣例によるものと思われます。ちなみに ECG の異常所見である「異常Q波」や「ST上昇」の英語は素直に abnormal Q waveST elevation となりますが、「陰性T波」は T wave inversioninverted T wave のように「反転」を意味する inversion/invert が使われますので気をつけてください。
また CADの治療として用いられる percutaneous coronary intervention経皮的冠動脈形成術」の略語である PCIはそのまま「ピーシーアイ」と発音されますが、 coronary artery bypass grafting冠動脈バイパス手術」の略語である CABG は野菜の「キャベツ」である cabbage 「キャベッジ」のように発音されます。

「目が回りますか?」は英語で何と聞く?
次に chest pain の随伴症状をいくつか見ていきましょう。chest painが CAD による場合、shortness of breath (SOB)息切れ」という症状も現れます。この SOB の医学英語である dyspnea呼吸困難」は、米国では「ディスニァ」のようになりますが、米国以外では「ディニァ」のように p も発音します。この dyspnea に「力を入れること」というイメージの exertionを組み合わせた dyspnea on exertion労作時呼吸困難」という表現もよく使われます。また動詞である exert は患者さんに「体を動かした時」と聞きたい時に when you exert yourself のようにも使える便利な表現です。垂直な姿勢を取らないと息が苦しくなる「起坐呼吸」は「まっすぐ」を意味する ortho- を用いて orthopnea と表現されますが、患者さんにその有無を尋ねる際には “How many pillows do you use to sleep at night?” のように、就寝時に使う枕の数を尋ねるといいでしょう。
動悸」や「心悸亢進」は医学英語では palpitation となりますが、一般的には heart pounding という表現が使われます。pound とはこの場合、「ドキドキする」「バクバクする」というニュアンスで使われています。また palpitation は palpation触診」と間違いやすいので注意してください。
めまい」には dizziness というざっくりとした一般英語が使われますが、病歴を取る際にはこれが lightheadedness浮動性めまい」、 vertigo回転性めまい」、pre-syncope前失神失神前の気が遠くなるめまい)」、そして disequilibrium平衡障害」のどれに分類されるのかを確かめる必要があります。 具体的には下記のような質問表現が便利です。
 •  Lightheadedness: “Do you feel lightheaded?”
 •  Vertigo: “Do you feel you are spinning in the room?” or “Do you feel the room is spinning?”
 •  Pre-syncope: “Did you faint/pass out/lose consciousness?”
 •  Disequilibrium: “Do you feel unsteady on your feet?”
日本語の「目が回る」をそのまま英語にしても「鬼太郎の目玉おやじが転がっている」というイメージにしかなりません。また syncope の発音は「シンォプ」ではなく、「シンピー」のようになるのでご注意を。

HAP とCAP ってどんな病気?
CAD 以外の chest pain の鑑別疾患に関連する表現にはどんなものがあるのでしょう。CAD 同様に chest pain の red flag でもある aortic dissection大動脈解離」の病歴では、sudden onset/a tearing pain that radiates to the back などが aortic dissection における重要な semantic qualifiers臨床的な意義を与える医学用語」となります。
同じく chest pain の red flag である pulmonary embolism (PE)肺塞栓症」では hemoptysis血痰喀血」や immobilization長時間じっとしていること」などが重要な semantic qualifiers となります。PE での chest pain は pleura 「胸膜」に痛みの原因があることから pleurisy と呼ばれています。この pleurisy は厳密には pleuritis胸膜炎」という意味の表現なのですが、実際には pleuritic chest pain胸膜炎に伴う胸痛」、つまり stabbing chest pain worsened by deep inspiration 「深呼吸(特に吸気時)で悪化する鋭い胸痛」という意味でも使われています。この pleurisy は pleuritis や pulmonary embolism 以外にもpneumonia肺炎」、pneumothorax気胸」、 pericarditis心外膜炎」などにも認められ、患者さんは sharp pain や stabbing pain といった表現を使う傾向にあります。
英語があまり得意でない方でも「院内肺炎」を意味するhospital-acquired pneumonia と「市中肺炎」を意味する community-acquired pneumoniaという表現には馴染みがあることでしょう。ただそれぞれの略語である HAPCAP は「ハップ」や「キャップ」のように発音されるので気をつけてくださいね。

water brash ってどんな症状?
chest pain として自覚される症状として heartburn胸焼け」があります。これは gastroesophageal reflux disease (GERD) の重要な semantic qualifierです。ちなみに英国では逆流性食道炎の略語はGERDではなく、GORDとなります。これは英国では esophageal のスペルがoesophageal になるからです。このGERD/GORD では逆流してきた胃酸が口の中で唾液と混ざって hypersalivation口の中が唾液(胃酸)で溢れた状態」になりますが、このことを water brashacid brash のように表現します。この brash は「溢れ出るもの」というイメージの名詞で、「ブラシ」の brush とは全く異なるものですので気をつけてくださいね。

「肋骨にヒビが入る」や「帯状疱疹」の英語表現は?
最後に表層の chest painに関する英語表現をご紹介しましょう。英語で「圧痛」は tenderness と表現します。したがって「胸壁の圧痛」は chest wall tenderness となり、costochondritis肋軟骨炎」や rib fracture肋骨骨折」、そして shingles帯状疱疹」などが鑑別疾患となります。
骨折の種類としては greenstick fracture若木骨折」、 compression fracture圧迫骨折」、 avulsion fracture剥離骨折」など様々なものがありますが、「骨にヒビが入る」を意味する hairline fracture毛髪骨折」は、肋骨では頻度が高い骨折です。ただ患者さんは「肋骨にヒビが入る」を “Do I have a cracked rib?” のように表現します。
鋭い表層の痛みを引き起こす「帯状疱疹」の医学英語は herpes zoster (「ヘァピーズ・ゾォースター」のような発音)なのですが、医療者も一般英語の shingles をよく使います。原因となる varicella zoster virus の名称にあるように、varicella水痘」の既往歴が診断では重要です。ただし患者さんには varicella という医学英語を使わずに、 “Have you ever had chickenpox?” のように chickenpox水ぼうそう」という一般英語を使う方がいいでしょう。

さてそろそろカップのコーヒーも残りわずかです。最後に本日ご紹介した胸痛に関する英語表現をまとめておきます。

 • Coronary artery disease (CAD): 冠動脈疾患
 • Ischemic heart disease: 虚血性心疾患

 • Myocardial infarction (MI): 心筋梗塞
 • Heart attack: myocardial infarction の一般英語
 • Acute myocardial infarction (AMI): 急性心筋梗塞

 • Angina: 冠動脈疾患に特有の締めつけられるような胸痛
    o squeezing pain: 締め付けられる痛み
    o tight pain: 締め付けられる痛み
    o heavy pain: 重苦しい痛み
    o crushing pain: 潰されるような痛み
    o gripping pain: 握り潰されるような痛み

 • Angina pectoris: 狭心症
    o Stable angina pectoris: 安定狭心症
    o Unstable angina pectoris: 不安定狭心症
    o Variant/vasospasm/Prinzmetal angina pectoris: 異型・冠攣縮性狭心症

 • Electrocardiogram (ECG/EKG): 心電図
    o Abnormal Q wave: 異常Q波
    o ST elevation: ST上昇
    o T wave inversion/inverted T wave: 陰性T波

 • Percutaneous coronary intervention (PCI): 経皮的冠動脈形成術
 • Coronary artery bypass grafting (CABG): 冠動脈バイパス手術

 • Symptoms associated with CAD: 冠動脈疾患の随伴症状
 • Shortness of breath (SOB): 息切れ
 • Dyspnea: 呼吸困難
 • Dyspnea on exertion: 労作時呼吸困難
 • Orthopnea: 起坐呼吸

 • Palpitation: 動悸・心悸亢進(医学英語)
 • Heart ponding: 動悸・心悸亢進(一般英語)
 • Dizziness: めまい
    o Lightheadedness: 浮動性めまい
    o Vertigo: 回転性めまい
    o Pre-syncope: 前失神
    o Disequilibrium: 平衡障害

 • Aortic dissection: 大動脈解離

 • Pleurisy: 胸膜炎に伴う胸痛=深呼吸(特に吸気時)で悪化する鋭い胸痛
    o Pulmonary embolism (PE): 肺塞栓症
       Hemoptysis: 血痰・喀血
    o Pneumothorax: 気胸
    o Pneumonia: 肺炎
       Hospital-acquired pneumonia (HAP): 院内肺炎
       Community-acquired pneumonia (CAP): 市中肺炎

 • Gastroesophageal reflux disease (GERD): 逆流性食道炎(米国英語)
 • Gastro-oesophageal reflux disease (GORD) : 逆流性食道炎(英国英語)
    o Heartburn: 胸焼け
    o Hypersalivation: 過流涎(口の中が唾液で溢れた状態)
       Water brash: 口の中が唾液で溢れた状態
       Acid brash: 口の中が胃酸で溢れた状態

 • Chest wall tenderness: 胸壁の圧痛
    o Costochondritis: 肋軟骨炎
    o Rib fracture: 肋骨の骨折
       Hairline fracture: 毛髪骨折
       A cracked rib: ヒビが入った肋骨=肋骨にヒビが入ること
    o Shingles: 帯状疱疹
       Varicella: 水痘(医学英語)
       Chickenpox: 水ぼうそう(一般英語)

では、またのご来店をお待ちしております。

国際医療福祉大学医学部 医学教育統括センター 准教授 押味 貴之

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コメント

  1. Moriei

    毎回楽しみながら勉強させていただいてます。どうもありがとうございます。
    昨日のNHKのニュースで「再燃」という語が出てきました。
    気になって調べましたが,「再発」とほぼ同じという理解で良いですか?
    英訳(2カ国語放送)は「再燃する」でflare upと言っていました。
    recrudescence, flash backなどもあるようです。

    「再発」はrelapse, recurrenceで良さそうですね。

    1. Dr.Oshimi

      Moriei様
      ご質問頂きありがとうございます。
      「再燃」と「再発」の違いについては下記のような違いがございます。

      まず病気が完治した後に同じ病気に罹ってしまうことを「再発」 relapse と言います。

      そして病気の症状が一時的に緩和することを「寛解」remission と言いますが、この
      remission 後に緩和されていた症状が悪化することを「再燃」と言い、英語では
      flare(もしくは flare-up)や reactivation などのように表現します。

      これらの用語は「寛解」導入が重要となるIBDなどのような疾患では多く用いられま
      すが、それ以外ではあまり区別されずに「曖昧に」使われているというのが実感です。

  2. Moriei

    押味先生、お忙しい中お返事ありがとうございます。

    「再燃」と「再発」の日本語の違いについてはよく分かりました。

    英語の方もステッドマン,医学書院さんのNet Dictionary,研究社のオンライン辞書を見れば
    relapse = 「再発」とrecrudescence = 「再燃,再発」として区別しているようですね。
    flare-upはinformal, recrudescence はformalという感じでしょうか。

    recrudescence:
    increased severity of a disease after a remissionalso : recurrence of a disease after a brief intermission
    https://www.merriam-webster.com/dictionary/recrudescence#medicalDictionary

    因みにrecrudescenceはNEJMにも結構出ていますね。
    勉強になりました。どうもありがとうございます。

    ついでの質問で恐縮ですが,respiratoryの発音を私が聞く限りでは
    レ’スパトーリと言っている人が殆どです。
    でも辞書の発音表記はレ’スパラトーリですよね?

  3. Dr.Oshimi

    Moriei様

    Respiratory の発音ですが、こちら
    https://www.youtube.com/watch?v=TgcyiVQnVBs
    のビデオの最初で発音しているものが一般的だと理解しております。
    カタカナ表記は難しいですが、あえて表記すれば「レスピレトリー」のようなものかと思います。

    ただ英語母国語話者の医師の方で「レスピレィトリー」のように発音される方にもお会いしたこともあります。
    私が推測するに「その発音が正しいかどうか考えたこともないまま誤って使用している」という医師が一定数いて、それが日常的に使われていることによって「正しくないものも正しいものとして認識される」ということが生じているのだと考えます。

    発音ではありませんが、nauseous も英語母国語話者が誤って用いることが多い表現です。本来これは「吐き気を催す」という意味で用いられるべきですが、「吐き気がする」という意味で誤用されます。本来ならば「吐き気がする」は nauseated となるべきですが、誤用が多いために英語母国語話者も不思議に思わなくなってしまった表現なのだと考えています。

    もちろんこれは「発音や用法はどのようなものでも良い」というわけではなく、むしろ誤解されるような発音などは絶対に間違えないで発音できるように練習する必要があると考えます。日本人が間違いやすい flush vs flash や brash vs brush のような「似ている」発音はもちろん、renin を「レニン」のようなカタカナで発音するような間違いには特に注意が必要だと考えています。

    1. Moriei

      押味先生、ありがとうございます。

      私もレスピ’ラトリ,レ’スピレィトリー,レスパ’イラトリなどの発音に
      遭遇したことがありますが,何れも標準ではないなと思いました。

      これからの辞書の発音表記は修正していただきたいですね。せめて括弧書きやイタリックにするとかして。
      発音記号から忠実に発音すると現実に合わなくなります。

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