Dr.押味の医学英語カフェ

Menu 44 「医学英語教育」とは?

こんにちは。「医学英語カフェ」にようこそ!

ここは「コーヒー1杯分」の時間で、医学英語にまつわる話を気軽に楽しんでいただくコーナーです。

本日のテーマは「医学英語教育」。

医学部における英語教育はその教育内容や到達目標が統一されておらず、多くの医学部では、限られた教員数と時間数で医師が必要とする英語能力を医学生に習得させる方法を独自に模索しています。では、そもそもこの「医学英語教育」はどのようなものなのでしょうか?

そこで今月はこの「医学英語教育」という分野を少し整理してご紹介したいと思います。

「医学英語」の英語表現は “medical English” でいいの?
医学英語教育を考える前に、そもそも「医学英語」とは何なのでしょうか?

英語教育の分野では「専門的な目的を持つ英語」を English for specific purposes (ESP) と呼んでいます。ですから「ビジネスのための英語」である「ビジネス英語」は English for business purposes (EBP) と呼ばれます。同様に「医学英語」は「医学のための英語」であるので、英語では English for medical purposes (EMP) と呼ばれるのです。

この medical には「医学」や「医師」という意味が含有されているため、医学英語より広範な「医療英語English for healthcare も、「看護のための英語English for nursing や「(様々な医療職のための英語English for healthcare professionals のように細分化されています。

では我々が一般的に「医学英語」として使っている medical English にはどのような意味があるのでしょうか?

英語の medical English には「医学の分野でしか使われない専門的な用語や表現」という意味があります。「息切れ」は一般英語では shortness of breath ですが、「呼吸困難」を表す dyspneamedical English というわけです。

しかし医学英語の教育場面では医学用語としての medical English だけが学修項目となるわけではありません。学修者が医師や医学生の場合、学修項目となるのは「医学のための英語」である English for Medical Purposes (EMP) となります。そしてこの EMP を言い換えるならば「医師としてのコミュニケーションを英語で行うことができる能力」となります。

医学英語教育では何を最優先に教えるの?
ではこの「医師としてのコミュケーション」とは具体的にどのようなものなのでしょうか?

英語を話す患者さんとのコミュニケーションとしては「医療面接」「身体診察」「患者教育」などがあります。そしてこのようなコミュニケーションでは「医学用語medical terms は使わず、患者さんにとってわかりやすい「一般用語lay terms を使うことが求められます。

これに対して英語を話す他の医師や医療者とのコミュニケーションとしてはである「症例報告」「論文読解」「論文執筆」「口頭発表」などがあります。そしてこのようなコミュケーションでは「一般用語lay terms は使わず、専門的な「医学用語medical terms を使うことが求められるのです。

このような「医師としてのコミュニケーションを英語でできる能力」を身につけることが医学英語教育での学修項目となるのですが、これらの項目の中にも優先順位があるはずです。

日本国内で診療に従事する医師にとって最も優先順位が高い学修項目は「論文読解」と「論文執筆」という2つだと思います。そしてそれに次いで重要となるのが国内外の学会での「口頭発表」だと思います。つまり多くの日本人医師にとって優先順位が高いのは「学術のための英語English for academic purposes なのです。

我々が扱う医学は国籍や母国語の違いを超えて議論する科学です。そしてその科学は「共通言語lingua francaとして(それが良いか悪いかの議論は別として)英語を選んだのです。

つまり医学という学術の舞台に立つための必要条件として、英語で「論文読解」「論文執筆」「口頭発表」ができることが求められるのです。

「そんな状況は英語が母国語ではない日本人にとってフェアではない!」と叫びたくなる気持ちもわかりますが、英語が母国語ではない他の国々の医師も、この「英語の壁」を乗り越えて医学という学術の舞台に立っています。彼らに言わせれば「医師として医学研究に従事するためには、わかりやすい英語で論文を執筆でき、わかりやすい英語で発表できるということは前提条件である」という感覚なのです。

何より医学という科学を日本語だけで議論するということは、「日本語の壁」を乗り越えられない研究者を議論から排除するという行為です。皆さんもよくお分かりの通り、「英語の壁」に比べて「日本語の壁」の方がはるかに乗り越えるのが困難です。ですから医学という学術の舞台では(それが良いか悪いかの議論は別として)英語で議論できることが求められているのです。多くの日本人はこれを厳しいと感じると思いますが、これが現実なのです。

日本の医師の多くは実際に研究を始める段階でこの厳しい現実を認識するのですが、医学生の頃はこの厳しい現実が認識できません。というのも医学生にとって最大の関心事はCBT・OSCEや医師国家試験などに必要な臨床医学だからです。ですから English for academic purposes は医学英語の学習項目として優先順位が高いにも関わらず、医学部で教育するのが非常に困難なのです。

ではそんな臨床医学にしか関心を示さない多くの医学生に対して、医学英語教育ではどんな学修項目を扱ったら良いのでしょうか?

そのヒントは医師国家試験の英語関連問題にあります。

平成21年版医師国家試験出題基準」において「必修の基本的事項 18. 一般教養的事項約2%)」の項目に「診療に必要な一般的な医学英語」が設定され、第103回医師国家試験(2009年2月)から医学英語に関連する問題が毎年1問から3問出題されるようになりました。その問題数は増加傾向にあり、第116回医師国家試験(2022年2月)では5題が出題されました。そして第114回(2020年2月)からは設問を含め全文英語での出題が見られ、その傾向が現在も続いています。

では、その中から第114回の問題を一つ見ていきましょう。

114A-31
A 26-year-old woman presented to the emergency room with palpitations and shortness of breath that started suddenly while she was eating breakfast.
Although the health-screening examination performed three weeks ago showed delta waves in her ECG, echocardiography taken at a nearby hospital showed no abnormal findings. At presentation, she was slightly hypotensive with a blood pressure of 96/68 mmHg. Her ECG on admission showed a narrow QRS-complex tachycardia at a rate of 180/min. Neither ST elevation nor T wave abnormality was present.

What is the most probable diagnosis of the arrhythmia?

a) Sinus tachycardia
b) Sick sinus syndrome
c) Ventricular tachycardia
d) Supraventricular tachycardia
e) Complete atrioventricular block

これは英語での短い症例報告を読んで、そこから患者が心電図上に WPW pattern を有しており、それが d) Supraventricular tachycardia に繋がった WPW syndrome であるということを選ぶという問題です。(ですから正解はd です。)

お分かりのようにこの問題は(難易度は低いですが)「循環器内科cardiology の知識を英語で問う問題です。つまり臨床医学の内容が英語で出題されているのです。

ここから導き出せるのは「国家試験の出題委員の間では、英語の症例報告を理解できることも診療に必要な一般的な医学英語の一部であると認識されている」ということです。

もちろん医学部の医学英語教育では、 English for academic purposes を含む「医師としてのコミュニケーションを英語で行うことができる能力」を全て学修項目とすることが理想なのですが、その全てを網羅することが困難な場合、医師国家試験でも出題されている「英語での症例報告Patient Note/Case Note を学生全員が理解できるようにすることが、各大学の医学英語教育において優先すべき学修項目になると考えられます。

一般英語は学ばなくてもいいの?
では医学英語教育において、一般的な場面での英語能力は重要ではないのでしょうか?

その答えは明白で、「一般英語はとても重要です」ということです。

医学英語は「医学のための英語」ですが、「使う目的が制限された英語」であるだけで英語であることに変わりはありません。したがって医学英語の能力向上には一般英語の能力向上も必要不可欠なのです。

しかし一般英語の能力を向上するためには多くの学修時間が必要です。

欧州を中心に普及した外国語の運用能力の国際的な指標である Common European Framework of Reference for Languages (CEFR) ですが、この CEFR のレベルを1つ上げるためには200時間程度の指導を伴う学修時間が必要であると考えられています。

国際教育交換協議会(CIEE)日本代表部 TOEFL事業部 2017年6月調べによると日本の医学部の平均点は483点 であり、これは CEFR B1レベル(中級レベル)となります。しかし専門分野で議論をするためには最低でも CEFR B2 レベル(中上級レベル)の英語力が必要です。つまり平均的な日本の医学生の場合、適切な指導を伴う英語の学修に200時間以上を費やさないと、医師として必要最低限のコミュニケーションが英語でできる中上級の B2 レベルに到達しないのです。

しかし200時間もの時間を英語の授業に当てている医学部は多くありません。ですから授業時間外での英語の学修が重要になるのですが、ここでは当然「英語学修に対する内的動機」、つまり「学生さんの英語学修に対するやる気」が問題となります。

簡単に言えば「英語を学ぶ気のない学生さんにとって、英語の授業だけでは目に見える英語力の向上は期待できない」のです。(当然ですよね。)

では医学部の医学英語(もしくは一般英語)の授業に何が期待されるかと言うと、「英語学修に対する内的動機を高めて、授業外の英語学修時間を増やすように促すこと」、つまり「学生さんが英語好きになって、授業外でも自主的に英語を学ぶきっかけとなる授業を提供すること」なのです。

もしも医学英語や一般英語の授業として15時間(1単位)しか確保できない場合、その授業時間内で何をどう教えても(たとえ特定の知識はついたとしても)学生さんの英語力の向上は期待できません。そうであるならば、その15時間を使って学生さんが望むような内容の医学英語イベントを企画し、授業外の時間をそのイベントの準備に費やすような授業の方が、総体としての英語の学修時間の増加に繋がると言えます。

いずれにしても「医学英語の向上には一般英語の向上が必要で、そのためには多くの時間を英語学修に費やす必要がある」という認識を持つことが重要です。

医学英語教育にはどんな教え方があるの?
では日本の医学部では医学英語をどのように教えているのでしょうか?

英語教授法」はTeaching English to Speakers of Other Languages (TESOL) と呼ばれ、その方法論は体系的に整備されています。

そしてこのTESOL にはさらに TESLTEFL という区分があります。

TESL とは Teaching English as a second language の略で、「第2言語としての英語教授法」を意味します。これは英語が第1言語もしくは第2言語として定着している国における英語教授法です。

TEFL とは Teaching English as a foreign language の略で、「外国語としての英語教授法」を意味します。これは日本のように英語が共通語として定着していない国における英語教授法です。

つまり日本の医学部での英語教育では後者の TEFL が一般的に行われているわけです。

そしてこの TESOL や TEFL の分野で新しい英語教育の手法として注目されているのが content and language integrated learning (CLIL)内容言語統合型学修」というものです。医学英語教育に当てはめるならば「医学英語を学ぶ」のではなく、「医学を英語で学ぶ」という学修方法がこの CLIL に該当します。

従来の TEFL という手法にしろ、新しい CLIL という手法にしろ、医学英語の教育には複数の専門家が必要です。

まずは TESOL や TEFL の知識・スキルを有する英語教員です。
次に医学の知識・スキルを有する医学教員です。
そしてシミュレータやICTなど各種教材の知識・スキルを有する大学職員です。

これらの専門家がそれぞれの知識・スキルを共有して一つの「チーム」となって機能することで、英語での「論文読解」「論文執筆」「口頭発表」といった English for academic purposes だけでなく、医師国家試験の英語関連問題に必要な英語での「症例報告」といった臨床に関する医学英語の教育も提供することが可能となるのです。

私が教えている国際医療福祉大学医学部では、医学英語教育にこの CLIL を導入しています。どのような医学英語教育が良いかチームのメンバーと議論を重ね、毎年試行錯誤を繰り返しています。こちらの動画に本学の医学英語教育の概要をまとめましたので、CLIL を導入した医学英語教育に関して学生さんがどのような感想を抱いているかを是非ご覧ください。

本格的に医学英語を学びたい人はどうすればいいの?
先ほど「英語を学ぶ気のない学生さんにとって、英語の授業だけでは目に見える英語力の向上は期待できない」と述べましたが、各大学には「本格的に医学英語を学びたい」という高い内的動機を持つ学生も一定数います。そしてそのような学生に対して、各大学が USMLE対策や海外臨床留学などの情報を提供することは非常に困難と言えます。

したがってそのような高い内的動機を持つ人は、学外に学びの場を求める必要があります。

米国で内科医として活躍される山田悠史先生が代表を務める「めどはぶ」が運営する「医療英語学習プログラム」では、海外で活躍する現役の医師や薬剤師が登壇して実践的指導を行う他、英語母国語話者の語学講師が英語指導を担当し、医療の専門分野を網羅しながら英語の総合力を向上させることを目的とした教育を提供しています。

ハワイ大学医学部の町淳二先生が創立された「一般社団法人 JrSr(ジュニアシニア)」が運営する「ハワイ医学教育プログラム」では、様々な講師が米国臨床留学を目指す医学生の方を対象にした充実した医学教育プログラムを提供しています。

また「国際的なコミュニケーション能力の養成」を目的として活動している医学生団体「Team Medics」は毎月 Tokyo Medical English Discovery Seminar (Tokyo MEDS) というZoomでの医学英語セミナーを開催しています。このTokyo MEDSでは毎回一つの「症状」や「疾患」などの臨床トピックを扱い、そのトピックに関する「医療面接」や「臨床推論」のスキルを英語で楽しく学んでいます。

医師や医療者としての留学に関して情報収集をするならば、米国で心臓外科医として活躍されている北原大翔先生が代表理事を務めている「NPO法人 Team WADA」のサイト動画は必見です。

USMLEの受験を考えている方は、上記の Team WADAの情報の他、瀬嵜智之先生が主催されている「USMLE GO」というサイトが極めて有益です。試験の概要や対策だけでなく、英語学修の動機付けとしても大変有効な情報が紹介されています。

そして英語診療に関する教育を積極的に展開されている医師の方も数多くいらっしゃいます。その代表的な存在であるNTT東日本 関東病院の国際診療部長の佐々江龍一郎先生は、twitter など各種メディアで幅広く英語診療や国際診療に関する情報を発信されています。

また医学部在学中に留学を希望している人には、医学生が運営する「INOSHIRU」というサイトが参考になるでしょう。ここでは臨床留学だけでなく、様々な目的の留学体験記が学生目線で紹介されています。

もし医学英語の学修目標として「資格試験」の受験を考えている場合、Occupational English Test (OET) という国際的な医療英語試験の受験を検討してみてもいいでしょう。

この OET 以外にも「日本医学英語教育学会」が実施している「日本医学英語検定試験応用級」というものもあります。これは日本医学英語教育学会が2015年に発行した「医学教育のグローバルスタンダードに対応するための医学英語教育ガイドライン」で設定した「医学部卒業時に全員が習得すべき内容」を評価する試験です。「自分にはOET は難しすぎる!」と感じている方はこの試験の受験から考えてみてもいいでしょう。

もし読者の中に医学英語教育に興味のある方がいらっしゃったら、OET のトレーナーとしてのトレーニングを受講することを考えてみてはいかがでしょう?OET Preparation Provider Programme (PPP) を受講して要件を満たせば、オンラインで世界中の OET 受験者にトレーニングを提供することも不可能なことではありません。

そして英語医療通訳に興味のある方は是非私が担当する「医療通訳・国際医療マネジメント分野」もチェックしてみてください。学生さんのほとんどは社会人の方で、卒業後はプロの英語医療通訳者としてだけでなく、医療英語講師として活躍されている方もいらっしゃいます。

私自身は医師資格を持つ医師として「医学教育学の分野としての医学英語教育学」に従事しており、現在私が執筆中の博士論文も医学教育学分野の研究です。ですから私の日本での学術活動の場は、前述の「日本医学英語教育学会」に加えて「日本医学教育学会」でもあるわけです。

しかし「外国語教育英語教育の分野としての医学英語教育学」に従事されている英語教員の方も多くいらっしゃいます。そういった先生の多くは The Japan Association for Language Teaching (JALT)The Japan Association of College English Teachers (JACET) といった学会も自身の学術活動の場としています。

こういった医学教員や英語教員が集まって設立されたのが「日本医学英語教育学会」なのです。ただ学問としての医学英語教育学はまだまだ発展途上です。欧米では特に「英語が母国語でなくても医師であれば英語を使えるのが当然」という認識があるためか、欧米の医学教育学では医学英語教育は研究対象となりづらく、発表される研究も多くはありません。

そんな中、日本の大学院でも医学英語教育学の分野で学位が取れる教室が誕生しました。関西医科大学大学院医学研究科の Raoul Breugelmans教授が指導する医学英語教育学では、医学英語教育学の分野で博士号を取得することが可能です。

そして皆さんに忘れていただきたくないのが、この「医学英語カフェ」です。最近は文章も長くなってきて「これは本当にコーヒー1杯分の話なのか?」や「どんだけでかいマグカップでコーヒー飲んでるんだ?」というツッコミも聞こえてきますが、これからも皆さんの医学英語教育に貢献できる「医学英語よもやま話」を提供できるように、様々な医学英語のトピックを扱っていこうと思っています。

さて、そろそろでかいマグカップのコーヒーも残りわずかです。
2022年10月28日に関西医科大学にて開催された「日本の全医学部において実現可能な医学英語教育の標準モデルを目指して」というワークショップで「日本の全医学部で実現可能な医学英語教育の標準モデル案」を議論しましたが、ここで私から提案させて頂いた「医学英語教育の改善案」を最後にご紹介します。

   英語の医学用語の教科書として First Aid for the USMLE Step 1 を使用する
   日本で働く医師として優先度が高いのは「英語医学論文の読解」と「英語での口頭発表」の能力なので、これらの獲得を優先する
   学生全員が医師国家試験の英語問題を理解できるようにするのは医学英語教育部門の責任
   医師国家試験の英語問題対策としては「英語での症例読解」が有効
   英語を話すのが苦手な医学教員でも、動画など英語の教材を使うことで医学英語の授業が可能
   授業数が少ない場合、授業だけでは英語力向上が期待できないので、学生が授業外に英語とどう向き合っていくかを考えさせる授業にすることが重要
   パフォーマンスを評価する場合、そのパフォーマンスに関する学修目標を学生と共有できるルーブリックを作成することが有効
   「英語での医療面接」の評価に関して国際医療福祉大学ではこちらのルーブリックを使用している

では、またのご来店をお待ちしております。


「Dr. 押味の医学英語カフェ」では皆さんから扱って欲しいトピックを募集いたします。こちらのリンクからこのカフェで扱って欲しいと思う医学英語のトピックをご自由に記載ください。

国際医療福祉大学医学部 医学教育統括センター 准教授 押味 貴之

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